私久留米生まれ ドリカム育ち [日記・雑感]
こないだZEEBRAのライブに行った影響で、「俺は東京生まれ HIPHOP育ち」っていう
フレーズが今自分の中で流行ってます♪
記念すべき150記事目の今回は、簡単に私の生い立ちについて書くことにします。
タイトルに“ドリカム育ち”と書きましたが、私の25年の人生を語るうえでなくては
ならないのが通称「ドリカム」こと、「DREAMS COME TRUE」。
決して大げさに言っているのではなく、私からドリカムを取ったら恐らくなーんにも残りません。
その位私は物心ついた時からドリカムとともに育ち、それを大きな支えにして今まで
生きてきたのです。
もしこの世にドリカムという存在がなかったなら、私は今みたいに小・中・高校を普通に
卒業してまともな生活は送れていないでしょう。
間違いなく引きこもりか、あるいは、人生に希望が見出せず、ひょっとするともうすでに
この世にはいなかったかもしれません。
********************************************************************************************************
1992年冬 〔 9〕
5歳年上のいとこが持っていた「決戦は金曜日」を聴いてドリカムを知り、それまで
発売していた5つのアルバムを全部カセットにダビングし、毎日ひたすら聴き続ける
1993年9月〔 9〕
初めてCD「go for it!」を買う
それまでのアルバムをすべて買い集める
1994年春 〔10〕
MAGICツアーの一般先行予約に申し込むが落選
8月〔〃〕
テレビ出演時に録画をし始める
プロフィール・ディスコグラフィー・レギュラーラジオ情報・雑誌の切り抜きを
自分なりにまとめた「ドリカムノート」の制作開始
1995年春 〔11〕
DWL'95の一般先行予約に申し込むが落選
5月 〔〃〕
DWL'95の一般発売日の前日からチケットぴあの前に並び、ようやく念願の
チケットを手にする
1995年8月〔〃〕
一生忘れられない初のコンサートを体験する
ファンクラブに入ったことで毎回コンサートに行けるようになる
1999年春 〔15〕
雑誌で文通友達を募り、ファン同士のつながりを持ち始める
2001年春 〔17〕
大人たちの中に交じり、ファン同士の交流会に参加するが、自分とその他の
ファンの人たちとは明らかに方向性が違うことを認識する
2001年2月〔17〕
Offsite Meetingツアー時に福岡サンパレスで初めて出待ちを経験し、
自分の中でファンを究めたと同時に、この先もファンを続けることに疑問を感じ、
仕事で携わろうと決意する
--------------------------------------------------------------
夏 〔〃〕
コンサートスタッフになるべく、東京の音響専門学校に進路を決める
2002年3月〔18〕
上京後、音響専門学校に入学
2004年3月〔20〕
専門学校を卒業するが、音響会社に就職することができず、PAや物販・
機材搬入・搬出のアルバイトを始める
8月〔〃〕
生活苦のため、平日に事務のアルバイトを始めた会社が、偶然ドリカムの
プロダクションと取引があったため、プロダクションの人と接しているうちに
マネージャーという職業に興味を持ち始める
2005年8月〔21〕
土日に細々と続けていたPAのアルバイトでドリカムがゲスト出演するイベントの
現場を経験することができ、半ば夢が叶ったと同時に、自分が力になれるのは
PAという関わり方ではないことを悟り、その時のマネージャーの方の働きぶりを
目の当たりにして、マネージャーとはどういうことをするのか、そもそも音楽業界
とはどういう仕組みになっているのか、ということを学ぶため転職を決意
11月〔22〕
一般の音楽プロダクションに入社
2007年 5月〔23〕
実際に音楽ビジネスの中に入ったことにより、音楽が好きならプロダクションは
やめた方がいいという答えがよくわかり、上司のパワハラもあって退職
一旦夢への道は何の当てもなく振り出しに戻り、悩んだ末に、ファンクラブ運営
業務はWebの運営も付随して募集されることが多いことを思い出し、派遣社員で
Webの会社へ入社
2008年11月〔25〕
~現在
********************************************************************************************************
と、こんな感じです。書いた後に色を付けましたが、こうして見ると、今まで自分の人生に
大きな影響を与えた出来事(ターニングポイント)が3回あったことがわかります。
これまでに、ファンを究めるのに8年、仕事で携わることを求めて8年の歳月が経ちました。
もちろん、私の夢はまだまだ途中です。
東京に来てから運良く、ドリの活動を支えている人たちに数人出会いましたが、皆さんに
共通して言えることは、どの方も1つの道を究めてきたことだと思います。
当然ですが、ドリカムに携わろうと思って究めてきたのではなく、1つの道を究めていたら
たまたまドリカムと仕事をする機会があり、ウマが合ったのでそのまま仕事での付き合いが
続いているという感じです。
私みたいに、この夢を叶えるために自分にも力になれそうな手段を探す、という感じでは
ありません。しかし、今さら後戻りをする気はありません。
またこの先何度転んでも、いつか夢が叶う時が来るまで、自分の道を信じてひたすら
前に進み続けようと思います。
フレーズが今自分の中で流行ってます♪
記念すべき150記事目の今回は、簡単に私の生い立ちについて書くことにします。
タイトルに“ドリカム育ち”と書きましたが、私の25年の人生を語るうえでなくては
ならないのが通称「ドリカム」こと、「DREAMS COME TRUE」。
決して大げさに言っているのではなく、私からドリカムを取ったら恐らくなーんにも残りません。
その位私は物心ついた時からドリカムとともに育ち、それを大きな支えにして今まで
生きてきたのです。
もしこの世にドリカムという存在がなかったなら、私は今みたいに小・中・高校を普通に
卒業してまともな生活は送れていないでしょう。
間違いなく引きこもりか、あるいは、人生に希望が見出せず、ひょっとするともうすでに
この世にはいなかったかもしれません。
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1992年冬 〔 9〕
5歳年上のいとこが持っていた「決戦は金曜日」を聴いてドリカムを知り、それまで
発売していた5つのアルバムを全部カセットにダビングし、毎日ひたすら聴き続ける
1993年9月〔 9〕
初めてCD「go for it!」を買う
それまでのアルバムをすべて買い集める
1994年春 〔10〕
MAGICツアーの一般先行予約に申し込むが落選
8月〔〃〕
テレビ出演時に録画をし始める
プロフィール・ディスコグラフィー・レギュラーラジオ情報・雑誌の切り抜きを
自分なりにまとめた「ドリカムノート」の制作開始
1995年春 〔11〕
DWL'95の一般先行予約に申し込むが落選
5月 〔〃〕
DWL'95の一般発売日の前日からチケットぴあの前に並び、ようやく念願の
チケットを手にする
1995年8月〔〃〕
一生忘れられない初のコンサートを体験する
ファンクラブに入ったことで毎回コンサートに行けるようになる
1999年春 〔15〕
雑誌で文通友達を募り、ファン同士のつながりを持ち始める
2001年春 〔17〕
大人たちの中に交じり、ファン同士の交流会に参加するが、自分とその他の
ファンの人たちとは明らかに方向性が違うことを認識する
2001年2月〔17〕
Offsite Meetingツアー時に福岡サンパレスで初めて出待ちを経験し、
自分の中でファンを究めたと同時に、この先もファンを続けることに疑問を感じ、
仕事で携わろうと決意する
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夏 〔〃〕
コンサートスタッフになるべく、東京の音響専門学校に進路を決める
2002年3月〔18〕
上京後、音響専門学校に入学
2004年3月〔20〕
専門学校を卒業するが、音響会社に就職することができず、PAや物販・
機材搬入・搬出のアルバイトを始める
8月〔〃〕
生活苦のため、平日に事務のアルバイトを始めた会社が、偶然ドリカムの
プロダクションと取引があったため、プロダクションの人と接しているうちに
マネージャーという職業に興味を持ち始める
2005年8月〔21〕
土日に細々と続けていたPAのアルバイトでドリカムがゲスト出演するイベントの
現場を経験することができ、半ば夢が叶ったと同時に、自分が力になれるのは
PAという関わり方ではないことを悟り、その時のマネージャーの方の働きぶりを
目の当たりにして、マネージャーとはどういうことをするのか、そもそも音楽業界
とはどういう仕組みになっているのか、ということを学ぶため転職を決意
11月〔22〕
一般の音楽プロダクションに入社
2007年 5月〔23〕
実際に音楽ビジネスの中に入ったことにより、音楽が好きならプロダクションは
やめた方がいいという答えがよくわかり、上司のパワハラもあって退職
一旦夢への道は何の当てもなく振り出しに戻り、悩んだ末に、ファンクラブ運営
業務はWebの運営も付随して募集されることが多いことを思い出し、派遣社員で
Webの会社へ入社
2008年11月〔25〕
~現在
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と、こんな感じです。書いた後に色を付けましたが、こうして見ると、今まで自分の人生に
大きな影響を与えた出来事(ターニングポイント)が3回あったことがわかります。
これまでに、ファンを究めるのに8年、仕事で携わることを求めて8年の歳月が経ちました。
もちろん、私の夢はまだまだ途中です。
東京に来てから運良く、ドリの活動を支えている人たちに数人出会いましたが、皆さんに
共通して言えることは、どの方も1つの道を究めてきたことだと思います。
当然ですが、ドリカムに携わろうと思って究めてきたのではなく、1つの道を究めていたら
たまたまドリカムと仕事をする機会があり、ウマが合ったのでそのまま仕事での付き合いが
続いているという感じです。
私みたいに、この夢を叶えるために自分にも力になれそうな手段を探す、という感じでは
ありません。しかし、今さら後戻りをする気はありません。
またこの先何度転んでも、いつか夢が叶う時が来るまで、自分の道を信じてひたすら
前に進み続けようと思います。








